生きるのが辛いーアダルトチルドレンであることの気づきと回復のためにしたこと

 

 

自分を大事にする習慣作りの専門家・

セルフケアクッキングトレーナーの木村綾子です

「週一回自分のために料理をすればなりたい自分になれる」

「自分を好きになる習慣としての自炊サポート」

をテーマに、

発酵食品教室、食事カウンセリング、パーソナル料理レッスン(準備中)などを行っています。

 

 

自分を好きになれない。自分が嫌い。

いつからそうなったんだろう。

はっきりときっかけがあったわけでなく、いつのまにか自然にそうなりました。今も多少はあると思います。

私にとってはそれが当たり前すぎる自分への感情で、誰でもそうなのかと思っていました。

でも実はそんなことなくて、ほとんどの人は「自分が好き」「自分が大好き」なんですね。

私からするとものすごくびっくり。

 

自分が嫌いでも、自分が辛いだけならいいけど・・・

 

褒めてくれた人に向かって

「そんなわけありません!」と言って相手の気分を害してしまったり

「嫌味かな?」と思ってしまったり

 

「好きだ」と言ってくれる相手に向かって

 「あたしにそんな価値ない」と言って相手を混乱させたり

 「信じられない」と全否定して「俺ってそんなに信用ないかな〜」と落ち込ませたり

 

・・・そんな経験はありませんか。

 

これ、全部過去の私の経験です。

 

自分を褒めてくれる人、大事に思ってくれる人を信用できないわけではないのです。

その人たちを不愉快にさせてしまうのは本意でないのです。

こういう自分にいつもがっかりしていました、「どうしてそういう行動をとってしまうんだろう」と。がっかりしてまた落ち込む。ますます自分が嫌いになる。悪循環です。

 

でも、とにかく信じられないのです。自分をいいと言ってくれたり好きと言ってくれることが。自分で自分をいいと、全く思えないから。どうして?どこが?としか思えない。

 

人が「これおいしいよ」と食べ物を褒めていたとしても、自分でそれをよいと思えなければ「そうかな?」「不思議」と思いますよね。それと同じ。

いくら人に「綾子さん、きれい」と言われても、自分で全くそう思えないのですから「なんでそんなことを言うんだろう」なわけです。

 

人にお願い事もできない。

やむを得ずするときはものすごく恐縮しながらする。

その理由は、自分はこの世で人に迷惑をかけるだけの存在だと思っているから。

 

「自分嫌い」から起こる弊害もいろいろ体験しました。中でも大きい事件は

プロフィール2~アダルト・チルドレンの自覚を持つまでに書いた、長い付き合いの大事な友だちとのトラブルでした。

そしてとにかく自分をどうにかしたい!と思いました。

 

そんな時↓この本を読み

 

 

の内容は、自分を理解する大きな助けになりました。

 

本を読んで・・・

 

自分に自信がないこと、自分の存在に罪悪感を感じること、それは幼少時の育ち方に原因があるとわかりました。

 

子どもの頃誰かに無条件に受け入れてもらった経験がある人は自分を好きだと自然に思えること。自分が人から愛されるということが自明に思える。自分がこの世に存在することに疑問とか罪悪感を持たないこと。

 

それを知って

自分を好きじゃないと思う気持ちは子どもの頃に作られていたのだとはっきり思いました。

 

私は

プロフィール・木村綾子について~就活まで

で書いたように虐待のある家庭で育ちました。

 

 両親の仲は悪く、そんな親の中で生まれた自分は生まれてきた事自体がまちがいだったのではとも感じていました。

 

だから、親から愛されたいためにいつも必死でした。

優等生でいること(『アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す』に出てくる「ヒーロー」の典型のような子どもでした)が、愛される必須条件だと感じていました。4月生まれだということも手伝ってそれはある時期まではうまくいったけど、高校大学就職と年齢を重ねるにつれ、限界が来ました。

 

また、愛されるために、常に親の顔色を見て親から気に入られるようにふるまう日常でした。

何かを決めるときの基準は常に「自分がどうしたいか」ではなく「親が気に入るかどうか」でした。それを繰り返すうちに本当に自分がやりたいことがわからなくなった、自分がなくなってしまった・・・そういうことだったのか。

 

気づいたけれど、それだけでは自分は変わりません。

自分を変えるためにはどうしたらいいだろう。

アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す』に出てくる本を端から読み、書店に行けば必ずACコーナーに寄って役立ちそうな本を買いました。

ずいぶん処分してしまいましたが、今もこのように大事だった本は本棚に残っています。

 改めて今見ると「こんな細かい字の分厚い本、よく読んだなあ」と思うものが多いです(笑)

 

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左二冊にはいろいろなワークが出ています。時間かけてやったなあ

 

インナーチャイルド 本当のあなたを取り戻す方法〔改訂版〕 は、文章も多い本。

アダルト・チルドレン 癒しのワークブック―本当の自分を取りもどす16の方法

 

 はワークブック。

理論のアダルト・チルドレンと癒し―本当の自分を取りもどす も持っていたはずだけど見当たらない。処分したのかな??(笑)ずいぶん役立ったはずだけど。

 

自分を好きになる本 NEW EDITION

この本も大好きでした。本当は子ども向けのものかもだけど。表紙も素敵なので画像入りで紹介。

 

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破けている本もありますね(笑)「今日一日のアファメーション」は日付ごとにいろいろなアファメーションが載っており、数年間毎日該当のページを読んでいました

 

 「魂の殺人」『毒になる親』などバイブル的本ですが、今開くと「よく読んだなあ」と思わずにいられない(笑)

「魂の殺人」は新装版もあるのですね。 

魂の殺人 新装版

 

『毒になる親』は文庫化されてる!ニーズ多いってことですね。

 

 

 

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コミックはこんな感じ。「イグアナの娘」は数年前まで泣かずに読むことが出来ませんでした

 

 

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萩尾望都作品にはずいぶん助けられました。「訪問者」の最終ページの「家の中の子どもになりたかったのだ」を読むと、今も涙が出てきます

 

そして色々なことに気づいていきました。

 

当時読んだ本のひとつである『ほんとうの自分を求めて』という本の中で「子供時代に私たちの本当の気持ちを認めてくれた人(中略)が少なくともひとりはい」ればその子は救済されるという記述があります。
 

それは必ずしも親でなくてもよいのです。先生でも、近所の人でも、おじさんおばさんでも。おとなになってからなら、友達でも、彼氏でも。

私の場合祖母がそういった存在であったことに気づきました。

またつきあった男性たちはみな私に対してそのような温かく大きな愛情を注いでくれたことも、回復のためには大きな力になりました。

 

会社の後輩のCちゃんと休憩室で話をしていた時、彼女もACだということがある時わかり、たくさんの話をするようになりました。斎藤さんの講演会やピアミーティングにも一緒に行ったし、ふたりミーティングもよく行いました。親とのことで嫌なことが会ったときは電話をかけあって聞き合いました。

「問題縁」という言葉があります。地縁、血縁などに対する言葉で、文字通り同じ問題を抱えてることでできた縁、です。Cちゃんはそのような関係で結ばれた大事な人になりました。彼女も私を「ソウルシスター」と呼んで慕ってくれてます。

今では血縁の妹よりずっと頼りにしている存在です。

 

同じような形で親しくなった人たちは他にもいます。近年は自分でも、子ども時代に焦点をあてたワークショップを主催したりもしているので、そこで出会った人たちもたくさんいます。どの人も私にとって「魂の家族」としてとても大事な存在です。

 

30代中盤から40すぎまで勤務した前職の資産運用会社での、家庭的な温かさも私にはありがたかったです。業界外から来て何もわからない私にみんな本当に丁寧に親切に接してくれ、どんな小さなことをしても御礼を言ってくれる人たち。当時私はまだACからの回復の過渡期でとても情緒不安定で、MTGの時に不用意に涙がこぼれてくることなどもしばしばでした。(今から思えば皆さん本当によくしてくださっていたのに)「自分がこの会社にいる価値を感じない」ということも度々言わずにいられない状態でしたが、その都度「そんなことない」「綾子さんがいて助かっている」と言葉をかけてくれていた。

人にも自分にも優しい人たちでした。

 

家族に恵まれなかった私に、神様は友人運とか男運を授けてくれたのかな・・・そんな気がします。

 

運はもちろんありますが、自分でも努力したことが大事だったと思います。

今の自分を良い状態にすることができるのは自分しかない、と決心して取り組んだこと。

過去への恨みつらみはもちろんあります。違う親のもとに生まれて幸せな子ども時代をやり直したい、、、というのは今も私の悲願です。

でも、どんなに願ってもそれは叶わないこと。

そして今、自分を立て直せるのは自分以外にはいないこと。

(カウンセラーやドクター、AC仲間などに助けられることはもちろんあります。でもその人達に頼ると決めること、ピアミーティングに出ることの決断は自分がすることという意味で、自分のことをよくできるのは自分だけ、ということです)

そう自覚して、取り組んだから効果があったのです。

 

ただ、そう自覚するようになるためにはいわゆる「悲嘆の作業」とか、誰に遠慮すること無く親をなじることとかを十分行うことが必要でした。

それを行いきって初めて、心の底から自己回復力が出てきたのだと思います。

 

 

 

 

 

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プロフィール3~自分で自分を回復させる

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プロフィール・木村綾子について~就職まで

プロフィール2~アダルト・チルドレンの自覚を持つまで

 の続きです。

 

 

 

 

回復途上でのリストラ

 

 『アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す』に出会った私は、関連する本を読み漁ります。理由がわかった後は傷ついたアダルトチルドレンを癒やすための方法をたくさん試みました。 
いろんなワークブックをやってみたり、ピアミーティングに参加したり。
 仕事を休んで『アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す』の著者斎藤学先生の講演を聞きに行ったりもしました。
プロフィール2~アダルト・チルドレンの自覚を持つまでで記載した友達とのトラブルの後、とにかくどんな手段を使ってでも現状の自分を脱したいと思っていたので、許す限りのお金も時間もかけました。とにかく必死でした。
 
毎晩泣きながらもやめずに続けていた会社を辞めたのもこの頃でした。先々に何の展望もなかったのですが、人事異動がきっかけで自己嫌悪感がピークになり、自死するか退職するかのどちらかしかないとまで思いつめた結果でした。9年近く働き、少しは貯金もあったし失業保険ももらえたので当面はそれで暮らしていくことも可能だろうという見込みもありました。
退職してしばらくは、とにかくゆっくり眠ってきちんと食事を食べる、のんびりして身体を休めることだけに時間を費やしました。精神的疲労ももちろんありましたが、肉体労働の職場で身体もかなり疲れていた。今私は同世代の中では体力あるほうだと自信あ
りますが、当時はまったくへなちょこでしたから。
 
そして貯金を取り崩しながら、とにかく自分のやりたいことをする、正直になる、つまり「自分を大事にする」ことを心がけて過ごしました。
「自分がやりたいことか」「好きか」「ほしいか」などの基準で自分の行動を決めるということが、最初はものすごく難しかったです。それまでは「有利か」「親が喜ぶか」「得か」という、自分以外の基準で決めていたから、自分の気持を基準に選択することが本当に大変でした。
でも次第にこの方が楽だとわかってきました。そりゃそうです、気が向かないことをするよりやりたいと思えることをするほうが楽しいに決まってます(笑)
すると少しずつ、日常生活を楽しく感じるようになってきました。
 
(回復のために私がしたことなどは

生きるのが辛いーアダルトチルドレンであることの気づきと回復のためにしたこと

の記事に書きました)
 

に書いたように、ご機嫌を伺わなくても自分を愛してくれる人がいるという実感を持てる人間関係の中で私は徐々に回復しました。

(両親とは結局30代の初めに絶縁しました。毒親との決別も自分の中では大きな一歩でした)

 (↑さらっと書いてしまいましたが、「親との絶縁」はもちろん自分にとって人生の修羅場?名場面?といえる大きなことでした。その他離婚もしていますし、意外と波乱万丈な人生だったりします(笑)機会あればまた語りたいと思います。)

 
それでもなかなか「自分はこれでいい」と思えるようにはなりませんでした。原因はわかって修復を試みてもなお「自分は人に迷惑をかけるだけの存在ではないか」という自己否定感は続きました。
 

そんな中、上記記事にも出てくる私の回復にとても役立ってくれた前職の会社と、リストラという形でさよならすることになってしまいました。2009年、リーマンショックの翌年です。当時すでに40歳を過ぎていました。会社では管理職待遇にしてくれていたけど、これといった専門能力もない女性に再就職の壁は厚く厳しいものでした。長引きそうな就職活動の中でスキルアップとして資格取得を考えた時「産業カウンセラー」という文字が目に留まりました。残りの人生の中で自分は誰に対して貢献していきたいのか、どんな人の役に立ちたいのか・・・そう思った時、メンタルヘルスというジャンルが自然と浮かび上がってきたのです。

それは私の祖父と叔父が自死していることと関係があります。

祖父と叔父の死

私には自死した身内がふたりいます。一人は祖父、一人は叔父。どちらも母方の親族です。
祖父は私と同じ丙午生まれだったので、60才違いの人でした。が、私が生まれる前に亡くなっており、私は会ったことはありません。死因についてはずっと老衰と聞かされていました。

自分がある程度の年齢になって「50代で老衰は変?」と思うようになりましたが、母はいつもそう言うのでそれを信じていました。しかし親戚などから漏れ聞こえてくるいろいろな情報で「やっぱり違うのではないか?」と疑いは増すばかりでした。

最終的に「うつ病の果ての自死だった」と知ったのは25,6才の頃だったでしょうか。母には5人の弟がいるのですが、私と一番年の近い、母の一番下の弟の叔父から聞かされました。叔父はとっくに知っているものだと思っていたようで、知ってびっくりする私に叔父の方が驚いていました。

 

 祖父はとある企業の雇われ社長だったのですが、経営がうまくいかなくなったことが原因で心の病になったということでした。自らは大学の教員をやることで給料をもらわないことを考えたりいろいろな金策にも走ったようでしたが、結果的にはそれはうまくいかず、うつ病に。そして自死という形で生涯を終えたそうです。

雇われとはいえ地元企業の社長の身であり、まして自死という死に方は1960年台中盤にはセンセーショナルな出来事だったのでしょう。新聞にも出て取り沙汰されたらしい。母は私が事実を知ったと告げると「私は一生隠し通すつもりだった」と言いました。母が私にずっと死の真実を隠していたのは、母自身がそのことで傷ついていた証拠なのでしょう。

 

私にそのことを教えてくれた叔父は当時まだ中学生、その上の叔父も高校生。未成年の子をふたりを就業経験のない祖母のもとに残しての自死というのは無責任と思います。母も祖母も辛さと同時に責めたい気持ちだってあったことでしょう。もし祖父が誰かに殺されたのなら、その犯人を恨むことも出来ますが、それもできない。

祖父からしたら無責任とのそしりを受けることはわかっていても死なずにいられないほど苦しかったのだとも思います。

自死という死は遺族を本当に複雑に苦しめると感じます。

 

 母のすぐ下の弟の叔父が亡くなったのは、祖父の死因を知った数年後だったでしょうか。多分2000年前後だったと思います。もう長いこと会っていなかった叔父でしたが、メールを始めたと年賀状で知ったのだったか、やりとりするようになりました。定年退職した叔父は海外旅行や飼っていた犬の写真を送ってきたり、それほどひんぱんではなかったけど楽しくメール交換していました。

しばらくメールが来ないなと思っていたある時、母から叔父がうつ病になったことを知りました。祖父のことがすぐに思い浮かびなんともいえない不安な気持ちになったのを覚えています。母は「今はいい薬があるみたいだしね」などと言っていましたが、私よりももっと心配だったでしょう。私は叔父への心配と同時に、叔父と一緒に暮らす祖母のことも心配になりました。

 

その1,2ヶ月後に叔父は逝ってしまいました。自宅ガレージでの首吊りでした。叔父は自分の父親が自死しているわけで、自死遺族の気持ちがわかったはずなのです。それでも逝かずにはいられなかったことに、精神の病の苦しさ辛さを思わずにいられません。  

 未成年の子を残して逝った祖父も苦しかったと思いますが、80代になっていた祖母を残して逝った叔父も辛かったと思います。

でもそれより、祖母や母が私には気の毒に思えてならなかった。祖母は夫と息子を、母は父親と弟を自死で亡くしたのです。そのショックたるや、想像に耐えません。事故で死んでも病気で死んでも悲しさは変わらないと思いますが、急死であることと何かできたのではないかと思わずにいられないことが、残された人の悲しみを深めることは間違いないと感じます。 

 

自死する人を一人でも少なくしたい。

大事な人を自死で亡くして悲しむ人がいなくなってほしい。

この悲願が、私のメンタルヘルスのジャンルで人の役に立ちたいという、大きな動機になっています。 

「食を通じてメンタルヘルスに貢献する」という私の生涯のテーマは、その後出会ったマクロビオティックという食事法の知識とメンタルヘルスの知識が自分の中で起こした化学反応です。

食事を変えれば自分が変わる

話をACに戻します。

自分を生きづらくさせている自己嫌悪感、自己否定感の原因がわかり回復に役立ちそうなことをいろいろ試みても、それは自分の中でなかなか小さくはなりませんでした。

 

そんな中、私はマクロビオティックという玄米菜食を中心とした食事法の料理教室に通い始めました。動機は食べることが好きだったので料理を一度習ってみたいなと思っていたこと、講師の先生と前職時代に知り合いだったという程度の軽いものでした。

が、行ってみてびっくり!「親ががんで」「夫が糖尿病で」「重症のアトピーを治したくて」など、自分や周囲の人の健康を改善するために来ている人が大半だったのです。そもそもマクロビオティックは『医食同源」とされる東洋医学をベースになっています。だからそういう興味で来る人が多いのは当然なのです。

 

周囲との違いにビビりながら、2週に一回就業後にクラスへ通う日々が始まりました。クラスメートのの中で私はまったく優等生ではありませんでした。初回か二回目のレッスンで玄米を圧力鍋や土鍋で炊くことを勧められるのですが、私が圧力鍋を入手したのは入稿して半年以上経ってから(爆)圧力鍋でご飯を炊くなんて無理!炊飯器が精一杯!と思っていましたから。たまたま安めの圧力鍋が見つかったので始めただけ・・・そして「いつでも炊飯器に戻れるし」という気持ちでした。

当時は会社員をしながらだったので、昼食は同僚と普通にランチを食べていたし自炊の頻度も週末のみ。当時の自分の目標「週に一回お弁当を作っていく」だったことからも不熱心さがうかがわれます(笑)。

 そんな劣等生な自分でしたが、食事に対する意識は変わっていきました。外食であっても「何をどんなふうに食べるか」に気を使うようになったし、コンビニやスーパーで食べ物を買うときは食品表示のラベルをチェック。食品添加物が使われていないものを選ぶようになりました(次第にコンビニからは足が遠のきました・・・)

続きっこないと思った圧力鍋での玄米炊飯でしたが、結局その後一度も炊飯器で玄米を炊くことはなく続きました。

 

食事が変わると同時に、自分の心身が少しずつ変わっていくのを感じました。

いつの間にか自分の中から少しずつ「自分を嫌う気持ち」が減り、「こんな自分でも生きていていい」と思えるようになってきたのです。

医食同源を基礎にした食事法だったから身体が元気に健康になり同時に精神的にもアップした、ということも大きいでしょう。また脳も身体を構成する臓器の一つであり、脳を作っている細胞も循環している血液も元を正せば食べ物由来です。だから食べ物を変えることで脳の状態が変わっていくのは当然です。

 

でもでもそれ以上に役立ったのは「自分が食べるものについて自分で考える」ということ自体と思います。何を食べたって同じ・・・では決してない。季節、体調、誰と食べるか?できれば時間をかけて、できれば楽しい気持ちで・・・

そうやって自分の食事についてきちんと考えること自体が、自分の回復に役立ったという実感があります。

 

自分の食事について大事に考えることは、自分で自分をケアすることなのです。つまり「食事に気を使う」ことは自分を大事にすることそのものです。

 

そしてさらに「自分のために自分で食事を作る」ことは、自分のために手間も時間もかけることです。それは自分を大切にすることに本当に役立つ手段です。

 

 話を少し戻します。人間関係の中で、どんな自分であってもよい、どんな自分であっても許され愛される、と思える体験が「ありのままの自分でいい」という肯定感を生むとお話しました。

でもそういう人にほとんど出会えない人もいるかもしれません。

そういう人は一生自分を嫌いで居続けるしかないのか?

そんなことはないと思います。

そういう人に出会えず育った人は、自分で自分を無条件に受け入れ、愛し、大事にすればいいということです。

 

『ほんとうの自分を求めて』の中にもある言葉「当時、このような人が誰もいなかったとしても、いま、私たち自身がその『ひとり』になることは可能なのだ」の通りです。
 

自分で自分を大事にする手段はいろいろあります。

気持ちいいと思うことをとにかくやってみる。伸びをしてみる、歌ってみる、日向で大きく息を吸う、犬や猫と遊ぶ、いい香りの花に触る・・・

どれも素敵ですね。

 

自分の経験上、私のおすすめは自分で自分の食事を作ることです。

 

誰かに食事を作ることはその人をもてなすためですよね。もてなしたいのは相手を愛している、大事にしたいからですよね。

また、人から食事を作ってもてなされたら嬉しいですよね。愛されてる、大事にされてると感じますよね。

 

自分で自分に食事を作ることは自分をもてなすことです。自分で自分に愛しているとメッセージを送ることです。そして大事にされてると感じる経験にもなる・・・

自分で自分のために食事を作ることは、自分で自分を愛する作業、自分を大事にするそのものです。

自分の食べる料理を自分で作る。それを続けるうちに自分を大事に思う気持ちが自分の中に育っていく。自分の経験上の実感です。

 

難しいことをしなくても、ご飯を炊くだけでもいい。

一日一食でもいい、週に一日でもいい。三食のうち一食でも自分で食事を作れば、人生の1/3の習慣が変わったことになります。週に一日だけでも、1/7の人生が変わることになります。

長い目で見れば大きな変化だと思いませんか。

 

「食を通じて心の健康に貢献する」という私のミッション。

それは祖父と叔父という身内の自死という辛い経験と、食事で人は変わるという知識が自分の中で起こした化学反応です。

そしてそれは「自分を好きになる習慣としての自炊サポート」という、現在の自分の仕事として具体化しました。

 

自分のために自分で料理を作れば作るほど自分を大事に思えるようになります。

自分の食事作りを通じてそういう人が増えていくことを切に願っています。

 


 
 

 

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自炊は自分を幸せにする最強の手段です。

自分のために料理を作り、それをいただく。それは自分を大事にいたわり、愛する作業だから。

 

自分を大事にする食事が作れたら、他の誰かに喜んでもらえる食事も必ず作れるようになます。

自分を幸せにできたら、他の誰かも幸せにできます。

その結果、自分を大事にしてくれる誰かもみつかるのでは・・・♪

 

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前回記事

プロフィール・木村綾子について~就活まで

で、自分には健全な自己愛(自分は自分でいい、自分のありのままで存在していても人に受け入れてもらえるという感覚)を作れず成長してしまったこと、「やりたいことがない」「自分がない」状態をごまかすことが限界になったのが就活のときだったとお話しました。その続きです。

 

 

 

就活の中でわかったこと~生育歴への疑問

 

私は平成元年の新卒です。就活時はバブル景気の始まりの時期でしたから、私の大学で普通程度の成績をとっていれば一般企業の事務職の内定をもらうのは難しくなかった。

だけどその「一部上場企業の一般職」という就職は嫌だったんです。

当時の一般職女性は数年経ったら結婚退職することが当たり前でした。「女子社員は、男性社員の将来の妻としてふさわしいかどうかを基準に選抜している」とはっきり言っている企業もあったくらいです。

でも私は、結婚退職が前提の就職だけは避けたかったのです。

それは、専業主婦の母親がどうしても幸せそうには見えなかったから。母は私の反面講師であり「母のような人生だけは送りたくない」というのが当時の私の大事な価値観だったのです。

 

だけど就きたい専門職があるわけでもない、入りたい会社もない、やりたい仕事があるわけでもない・・・身体的にも精神的にもハードな総合職に就いて頑張れる自信もない。

 口幅ったいですが、それなりに真面目に勉強もサークルもがんばっていました。それでもいつも私は自分がとんでもなくだめな人間に思えていました。

 自分の将来が見えなくて苦しみ胃潰瘍になり、人生初胃カメラを飲みました。

 

 思い出してみると小学校の卒業時の文集に「将来なりたいもの」を書く際にも「なにもない」と言って先生を困らせました。高校進学、大学進学時も学生が終わったらどうするかいついては考えられなかった。わからないからその時一番ましと思える選択をすることを続けていました。が、それは「やりたいことを考え抜くことからの逃げであり、就活の際ごまかしきれなくなったのでした。

 

どうして自分はやりたいことがないんだろう。わからないんだろう。

考えて考えて考え抜いてわかったことは、そのように生きてきていないから、ということでした。

子どもの頃から「やりたいことをやる」をしてきていなかった、と気づいたのです。

なぜやりたいことをやってこなかったか。やってこれなかったか。

それは子ども時代からの親との関係のせいなのだ、ということがぼんやり浮かんできました。(はっきりわかるまでにはさらに5年近くが必要でした)

 

私は子どもの頃から常に親の顔色を見て親から気に入られるようにふるまってました。

何かを決めるときの基準は常に「自分がどうしたいか」ではなく「親が気に入るかどうか」でした。高校受験の時受ける学校も、複数合格した大学の中で選んだ学校も、そういう視点で決めていました。

どんな選択であっても親は応援してくれる、とは思えなかった。親にオーケーしてもらいお金を出してもらえる・・・大袈裟に言うと親に愛してもらうためには、親の思いを汲み取ることが必須でした。

 

よくよく考えれば、もっと小さな頃優等生であり続けたのも(4月生まれのラッキーはもちろんありましたがある時期からはそれなりに努力もしてました)親に認められたいからでした。

 

「常に常に親の意向を尊重してきたから、やりたいことがわからないのだ」

これが私の出した結論でした。

 

 やりたいことが本当にまったくないか、というとそんなことはないのです。いつでもちらり、とは思い浮かぶのです、「こういうことやってみたいな」と。でもそれをすぐ自分で打ち消してしまう。「そんなことは受け入れてもらえない、反対される、バカにされる、親は喜ばない」そういう思いが湧いてくる 。

 

自分のありのままで存在していても人に受け入れてもらえる、自分は自分らしくていい、・・・そういった自分に対するポジティブなイメージ(自己肯定感、健全な自己愛)が私はまったく持てなかった。

それは育ち方に問題があった。

親に愛されるためには自分の意向は無視しなくてはいけない、・・・当時私を支配していた思考です。人に合わせてカメレオンのように自分を変えていれば、自分が本当にしたいことがわからなくて当然でしょう。

 

自分がなくなるほど親に支配されるということは、一般的にはわかりにくいかもしれません。

でも当時の私にはむしろそちらが当たり前で自然なことでした。自分以外の人が「どうして人(親)の意向を気にせず自分がやりたいことをやりたいと言えるのか」「自分のやりたいことを誰に気兼ねなくどうどうと表明できるのか」がまったくわかりませんでした。

 

「生まれて、すみません」な日々

 

やりたいこともわからずろくな就活が出来ませんでした。がそんな自分でも受け入れてくれる会社があり、社会人生活をスタートできました。本当にありがたいことでした。

しかしそこで与えられた仕事をまったく楽しいと思えなかった私は、就活時よりさらに暗い、どんよりした毎日を送り始めました。

 

当時はまだバブル景気を引きずっていたので「第二新卒」という言葉が出てくるほど転職はブームでしたが、私は仕事に悩みながらも転職をしたいとも思わなかった。それは、その時の仕事が楽しいと思えないのは事実だけれど、他に楽しいことが見つかるとも思えなかったからでした。

当時の仕事は肉体労働でもあったので、身体的にも毎日くたくた。給料も休みも少なく遊びに使えるお金も時間もほとんどなく、会社と家の往復しかない毎日。学生時代にやっていたダンス、華道からはどんどん遠ざかり、音楽や読書さえしなくなりました。気がつくとCD1枚、本一冊すら一切買わずに何ヶ月も過ごしていました。自己嫌悪感が日に日に強くなっていきました。

 

今から考えればそれほどひどい環境でもなかったはずなのです。20キロのダンボールを持ち上げるような肉体労働は確かにきつかったけど、一日中やってるわけでもない。お給料は確かに安かったけど、昇進昇格に男女の差がない会社だったのだから給与アップの機会はあった。会社と家の往復しかしなかったのは自分を楽しませることができない自分にだって責任があったはず。

 そのように指摘してくる友達もいて、そのとおりとしか言いようがありませんでした。

 

 つまり捉え方で、プラスにもマイナスにもなりえた状況でした。でも当時の私には自分をとりまくすべてをマイナスにしか解釈できなかった。

なぜそんなふうにしか考えられなかったのか。その根本は「自己嫌悪感」でした。

当時私は自分自身が嫌いで仕方なかった。

何をしていても「これではいけないのではないか」という気持ちがわいてきて、どうしたらいいかわからず、苦しくてたまらない。

 

「なんでこんな、長所がひとつもない自分なんだろう」

「なんの役にも立ってない自分。生きていて楽しいこともない」

「自分が死んで悲しむ人もいないだろう」

「生きている意味がない」

 

毎日毎日ふつふつとこういう思いが心の中から湧いてくるのでした。

生きていればやむを得ない、ゴミを出したり二酸化炭素を排出したりしてしまうことにさえ罪悪感を感じるようになりました。自死することだけがこの世に対してできる貢献のように思えるのに、自死する決断ができないことでさらに自分を責め、ますます自己嫌悪が強くなる。

「生まれて、すみません」は太宰治の言葉ですが、私も段々と「そもそも生まれてきた事自体が間違いだったのではないか」とまで思うようになりました。

 

 

当時も友達や彼氏はいて「そこまで考えることない」と言ってくれたり「綾子が辛そうすぎて自分も辛くなった」と一緒に涙を流してくれたりしていました。

なんてめぐまれていたのでしょう!

しかしそんな彼らの言葉さえ届かないほど、私の心は自己嫌悪感で冷え切っていました。

やりたいことがない、楽しいと思えることがない。

自分はどうしてこんな状態なんだろう。

毎日もがいていました。

 

「アダルトチルドレン」という言葉との出会い

 

「やりたいことがわからないのは育ち方に関係があるのではないか」ーー

 プロフィール・木村綾子について~就職までで書いたその認識がはっきりと確信になったのは、ある本がきっかけでした。

 

 

AC(アダルトチルドレン)という概念はその後大ヒットしたアニメ「ヱヴァンゲリオン」などで有名になりましたが、ちょうどその頃に出ているこの本はこのジャンルの古典的書籍ですね。

初版は96年4月、私の手元にはその初版本があります。

 

この本の発売時私は書店で働いていたので、一般の人よりは新刊書籍が身近な環境にありました。

でも当時の書店には毎日100冊以上新刊が入荷していて、よほど話題になる本以外は目の前をただ通り過ぎていくだけでした。その中でこの本に目が留まったのは、「家族」「心のなかの子ども」のような言葉が自分のなかの何かと呼応したのだと思います。

 

読み始めると共感することばかりでした。

まず扉に書いてあるアダルト・チルドレンの特徴

 

  • 周囲が期待しているように振る舞おうとする
  • NOが言えない
  • 楽しめない
  • 自己処罰に嗜癖している

 

などがすべて自分に当てはまることにびっくり。

まえがきの

「世の中には自分というものを肯定することがまったく出来ないという人がいる」の言葉に「自分そのものじゃないか」と感じてまたびっくり。

 

「何をするにも自信のなさが伴います」

「毎日、普通に生活しているだけでもそのなかでまわりの人たちに自分という存在が知覚されていると思うとどうにも不安になり消え入りたいような気分になります」

「自分がどこにいても誰といても何か場違いな気がしてしまいます」

「自分がこの世に生まれてこうして生きていることが何かの間違いのような、この上なく不自然なことに思われてならないのです」

 

著者と知り合って2年後に自死したという青年の手紙に出てくるこの言葉は、当時私が感じていたことそのもので、読んだだけでも涙が出そうでした。 

 

たくさんの共感、発見があり、自分への理解が深まりました。

読み終わった頃には扉に書いてある

アダルト・チルドレンとは「安全な場所」として機能しない家族のなかで育った人々のことである

を見て、

「自分は「安全な場所」として機能しない家族のなかで育ったアダルト・チルドレンなんだ」と自覚しました。

自己嫌悪感や自信のなさは自分のせいじゃない、生い立ちに原因があったのだと自分を許していい気持ちを初めて感じ、ほっとしたのを覚えています。

 

友達を失いたくないー決心

 

実はこの前にちょっとした事件がありました。

長い付き合いの友達にお願いごとのメールし、その後会ったときのことです。

何を頼んだのか、すでに忘れてしまっているくらいなので大したことではなかったはずです。しかし当時自分は上記のようにまわりの人たちに自分という存在が知覚されていると思うとどうにも不安にな」るような精神状態でした。なのでほんの小さなお願いでも恐縮に恐縮を重ねた言葉遣いをしたという記憶があります。

メールの数日後、彼女は顔を合わせるとすぐ

「こないだなんかすごく変なメールが綾子から来たけど、あれ何?」と言ったのです。

そして「なんでそんなによそよそしいんだ。こんなに長く付き合っているのにそんなに遠慮されることがさみしい」というようなことを訴えられました。

私は当時感じていた、自分がなんの役にも立たない存在に思えて仕方ないこと、自分が嫌いで仕方ないこと、そもそも生まれてきた事自体が間違いだったのではないかという罪悪感を話しました。

彼女は「綾子は自分のことをそんなふうに思ってるんだ。あなたはなかなか素敵な人なのに」と言いました。

なんてありがたい言葉なのでしょう。

 

しかし私はその言葉さえ信じられませんでした。

ありがたいと思いつつも、信じられないのです。

信じたい気持ちも強くあるのに。

 

長く深い付き合いのその彼女の事、私は本当に大好きでした。彼女にそこまで思わせ、言わせてしまったことがとっても申し訳なかった。このままでは彼女という大事な友だちを失ってしまう、それは嫌だと強く思ったのです。

それをきっかけに、自分を変えたい!自分を大事に思ってくれてる人をがっかりさせない自分になりたい!変わらなければ!と決心しました。

 

いろいろ本を読んだり勉強しました。その時の自分は本当に必死で、自分を変えられるならありったけのお金を使ってもいい、宗教に入ってもいい・・・くらいに思ってました。

 

そんな時に出会ったのがさきほど紹介した『アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す』でした。

 

 プロフィール3~自分で自分を回復させる

へ続く

 

 

 

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「最強最愛の自分を作る!」

ナイフとフォークハッピー自炊トレーナーナイフとフォークの木村綾子が

 

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マンツーマン料理レッスン
発酵食品料理教室


などを行っているプライベートサロンです。

 

 

自炊は自分を幸せにする最強の手段です。

自分のために料理を作り、それをいただく。それは自分を大事にいたわり、愛する作業だから。

 

自分を大事にする食事が作れたら、他の誰かに喜んでもらえる食事も必ず作れるようになます。

自分を幸せにできたら、他の誰かも幸せにできます。

その結果、自分を大事にしてくれる誰かもみつかるのでは・・・♪

 

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プロフィール・木村綾子について~就活まで

 

自分を大事にする習慣作りの専門家・セルフケアクッキングトレーナーの木村綾子です。

 「週一回自分のために料理をすればなりたい自分になれる」

「自分を好きになる習慣としての自炊サポート」

をテーマに、

発酵食品教室、食事カウンセリング、パーソナル料理レッスン(準備中)などを行っています。

 

 

 

 前職は資産運用会社の事務職でした。2008年のリーマンショックで希望退職となり失業しました。

それをきっかけに自分を見つめなおし、身内の自死以来関心を持っていたメンタルヘルスについて勉強。産業カウンセラーの資格を取得しました。

趣味で通っていたマクロビオティックという玄米菜食を中心とした食事の知識から、心の健康には食事が大事と実感。「食を通じて心の健康に貢献する」をミッションにしようと決意しました。

2009年からプライベートサロン「セルフケアキッチンQooki」をマクロビオティックの料理教室としてスタートさせました。以降発酵食品教室なども多数行うようになりました。 

転勤族の娘の習性として身についた人見知りが一切ない(人見知りしていたら生きていけなかった)性格は、カウンセラーの仕事をすることに役立ってます。

ものを捨てるのが得意な未練がましくない性格も、転勤族の娘のとして身についたものかな?

 

趣味はランニング(フルマラソン完走経験あり)、パン作り、家庭菜園、など。

 

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自家製酵母ジュースで作った中種で発酵させたパン、無農薬甘夏の皮で作ったマーマレード

 

食に関してはいずれ自給自足的な生活をすることを目標に準備中です。

 

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発芽したビーツと小カブ

 

私の目標は 自死者ゼロ社会を作ることです。

ここから私のストーリーをお話します。興味を持ってもらえたら嬉しいです。

 

 

男尊女卑の家に生まれた丙午女子

 私は1966年4月5日生まれです。 この誕生年、誕生日は私のパーソナリティーにかなり影響を与えています^^

1966年、、、いわゆる「丙午(ひのえうま)」生まれ。

時代は高度経済成長期であり出生数は毎年増加していましたが、出生数も合計特殊出生率もがくんとへこんでいる 66年、それが私の産まれた年です。 

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合計特殊出生率

なぜ丙午は出生数が少ないのか?

丙午生まれの女性は男を食い殺すという伝説(一応実話がもとになってはいるらしい)があり、私の親世代はそれを信じて産み控えをした人がいっぱいいたのです。なんの根拠もない迷信でしかないので、信じがたいことですが、出産を周囲に止められた人も多かったらしい。

 

私は首都圏近郊の団地育ちで、当時他の学年は一学年10クラス越えもざらでした。

が、自分の学年だけは8クラスとか、極端に少なめでした。国全体では30~40万人少なかったので当然です。

 

なので統計データでも「1966年を除く」とされることが多かった。

 つまり丙午生まれだということで何かにつけて特別扱いが多かったのです。

特に女性は例の「食い殺す」伝説のせいで「丙午の女だから」と言われました(笑)生まれながらにして偏見にさらされていたというわけですね。

それに反論するため、抵抗するためにさらに気が強く、個性的になっていってるなと周囲の同級生を見て思います。自分もご多分にもれないかな(笑)

人数が少ない分、同い年とわかると急速に親近感を感じるのはみんな同じみたいです。 

 

それから4月5日という誕生日。クラスの中では大体1番早い生まれ日でした。1967年3月後半生まれの子とは、同級生といえど1才近く違います。

私は子どもの頃、同い年の子に比べると何をやってもいい成績がとれてました。体格がモノを言うスポーツ面で負けることはまずなかったし、勉強も・・・。ピアノを習っていたから音楽の成績もよかった。学級委員とか学年の代表に選ばれることもよくありました。

幼稚園くらいの年齢までって月齢程度でもかなり発達の違いがありますよね。私が優等生だったのは単に4月生まれなだけで、別に優秀だったわけでもなかったと今はわかりますが、当時は「自分は優秀な人間」と同級生を見下している嫌な子どもでした(爆)

 

 きょうだいは4つ下に妹が一人。

両親にとって初めての子であるだけでなく、母方の祖母、曾祖母からすると初孫、初ひ孫でした。また父には男兄弟がいないので、父方の方では初めての内孫でもありました。

 

この話をすると「とっても可愛がられましたね」と言ってくれる人と「プレッシャーだったでしょ」と言う人がいます。どちらもあたり。

 

内孫なんて・・・と思う方も多いと思いますが、父の地元に済むいとこが「普段小遣いくれたことなんてないケチなじいさんが、アヤの顔を見るなり1万円札を渡したからびっくりした」と未だに冗談半分言うくらい、祖父は外孫と内孫に差をつけていたのです。この手の逸話?は他にもいっぱいあります。親しみあるのは普段から近所に住んでいる、父の姉妹の子のはずなのに。

 

外孫と内孫、つまり息子に生まれた孫か娘に生まれた孫かを区別するという考えは、家父長制の名残です。家父長制は長男重視で男尊女卑な制度です。

父は姉4人に妹一人というきょうだい構成ですが、父の姉妹である私のおばたちは地元の中学~高校卒程度と、大した学歴を持っていません。女に学問はいらない、という祖父の考え方があったからです。父だけが浪人させてもらった上東京の大学に進学させてもらっています。そのことから分かる通り、男というだけで価値があると考える人達でした。

だから当然私が生まれてくるときも男子であることが期待されていました。大きくなった母のお腹を見て祖父は「きばっていい男の子を生んでくれや」と言ったといいます。結果父に生まれたのは女子ふたりなので、祖父はさぞ落胆したことでしょう。

 

それでも息子に生まれた孫は娘に生まれた孫よりかわいがるわけです。先に話したとおり、いとこたちが(冗談とは言え)未だに話題に出すほど、それは顕著でした><

可愛がられるということはそれだけ期待も持たれているということであり、そのことも子ども時代の自分はひしひしと感じていました。小中学校時代、私はいわゆる「優等生」として過ごすわけですが、それは「祖父たちに女の子だからといってがっかりしてもらいたくない」という気持ちや、女子だって男子並みにやれることを見せたくて、いろんなことを犠牲にしながらがんばっていたという理由も大きいです。

 

丙午女子、牡羊座、長女、A型ーーというと「活発で気が強く、真面目ながんばりやさん」そんなイメージかと思いますが、そのとおりの少女時代でした。 もとからの性質を環境への反発が後押ししましたね。

 

核家族の団地っ子、一見典型的な中流家庭だったが

 

先に少し触れましたが、生まれ育ったのは横浜市郊外、東急田園都市線沿線の団地です。

当時の日本は高度経済成長真っ只中で、全国に住都公団がサラリーマン向けに団地を作っていた時代・・・私の父母も他の多くの同世代のように、1968年に当時2才だった私を連れて引っ越ししたのでした。

 会社員の父と専業主婦の母に私、妹の四人家族で、3DKのその団地に20年以上住みました。

父も母も郷里は愛知なので祖父母と触れ合うことも日常にはない、典型的な核家族でした。小4~中3まで父の転勤で名古屋で暮らしましたが、そこも名古屋市郊外のベッドタウンであり、環境は似ていて、周囲もみないわゆる「中流」家庭ばかりでした。 

 

私の家も一見ごく普通の中流家庭でした。

しかし実際にはそうでもなかった。

今で言うDVがあり、児童虐待がある家庭だったのです。

 

父は怒ると母や私たち姉妹に手を上げる人でした。

殴られないためには親の顔色を常に伺い、いい子でいるしかなかったです。実際には父が怒ることに一貫性は無く、機嫌が良ければ見過ごされることが機嫌の悪いときには怒りの対象になったので、どんなに父が怒らないように努力してもあまり意味はなかったのだと今になればわかります。が、当時は必死でした。

身体的な暴力だけでなく「誰に飯を食わせてもらってるんだ」という言葉の暴力もありました。

自力で働いたり食物調達を出来ない子どもにとって、それは本当に辛い言葉でした。

父は私の親世代の人には珍しく、何度も転職をしています。会社の倒産など不運もありましたが、人間関係などでの場合もあったようです。母はそういう父を「無責任」「我慢が足りない」と嘆き、金策に走ったりパートに出たりしていました。祖母に借金の電話をしている母の後ろ姿は、今も胸に痛い記憶です。

 

母は父に暴力を振るわれているという点で私と同じ被害者であったけど、「言うことをきかなければご飯を作ってあげない」などの脅しを言ったり、「あなた達が悪いことをするからママもパパに殴られる」とさり気なく罪悪感を子に植え付ける人でした。

 

母からは「子どもがいるから離婚できない」とも言われました。

父からは「妻子がいるからやりたくない仕事をしなくてはいけない」とも言われました。

 

そんな二人にはさまれ、私は

「自分がいるから父は仕事を辞められないんだ」

「母は離婚すれば殴られずに済むのに離婚しないのは私がいるからだ」

と、父母を不幸にしているのは自分だと思うようになりました。

 

祖父の家での男尊女卑体験もあり、自分はいないほうがいい存在なのではないか、という気持ちを常にどこかに抱えている少女時代でした。

 

理想と真逆な高校生活、マジメな女子が集まる女子大時代

 

小中と公立に通いましたが、中3の夏休みという大事な時期に転勤で横浜に戻ることになりました。

受験科目の違いや受験のシステムの違いで公立高の受験にはハンデが大きいとわかり、親の意向で高校は私立を志望することになりました。

かなり必死に勉強しましたが、難関の第一志望(某大学付属高)には合格できず、第二志望の中高一環教育の進学校に通うことになりました。

 

高校ではがんばってもがんばっても成績上位になれなくなりました。試験で選抜された一定以上の成績の人だけが集まっていたのですから当然です。

受験の失敗と高校での成績不振は、優等生であることが当たり前だった自分が初めて劣等感を味わった経験でした。

その劣等感もきつかったけど、もっと嫌だったのは厳しい管理教育の学校だったことです。学校生活のすべてが受験を中心に組み立てられていて、厳しい校則があり自由はまったくなかった。修学旅行も体育祭も家庭科の授業もなく文化祭も形だけという、3年間予備校に通ったような高校生活でした。

私は名古屋で地元の公立高に進学した先輩から話を聞いて、自律を重んじる自由な校風の高校生活を夢見ていました。だから管理教育を売り物にする学校に進学した事自体が間違いだったのです。でも受験の際は校風などまったく考えず、ただ自分の成績で入れる学校の中で少しでも偏差値の高い学校に行くことしか考えてなかった。そして理想とは間逆な高校生活になってしまった・・・でも退学して他の学校に通いたいと親に言い出す強さも、当時の自分にはありませんでした。

いやいや通った高校時代に楽しい思い出はほとんどありません。

 

ただひとつ、いいことがありました。女子だけの50人ひとクラスという特殊な環境の中での人間関係は非常に密なもので、お互いをよく知る友人ができたこと。後に私が変わるきっかけになった友人は、高校時代にできた友達です。

 

受験勉強することしか許されない高校の中で、挫折を感じながらも必死に勉強しましたが、大学受験でもまた第一志望には合格できませんでした。

それでもなんとか自分なりには満足できる女子大から合格通知をもらえたので、進学の際大きな不満はありませんでした。

 

が、通ってみるとまた思い描いていたキャンパスライフとは違っていてがっかり。

 

先程自分の子ども時代を「活発で気が強く、真面目ながんばりやさん」と書きましたが、そんな女子ばかりが集まっていたのです><

少人数の大学だからサボれば目立つし、そもそも授業をサボろうなんて考える子自体ほぼいない。

必須科目も多くて授業の選択の幅も少ない。大学生活ってもっと自由度が高くて楽なものだと思っていたのに・・・(爆) 

私は本来自由なことが好きなんですね。そこに自己責任や自律が伴うとわかっていても、自分で自分のことを決めるのが好き。

だけど結局、高校に続き大学でもそういう環境を手に入れることができなかったのです。

 

やりたいことがない、楽しめないーその理由は生育歴?

 

大学一年の時にキャンパスライフを今ひとつ楽しめなかった理由はもうひとつありました。

それは「やりたいことがない」ことでした。

不自由な高校生活を経て、受験勉強に何万時間も費やして大変な思いをしてやっと手にした(想定よりは不自由だったけど)自由な大学生活。それなのに「やりたいことがわからない」という事実に直面します。

授業の選択ももちろんですが、サークル活動にも1年のときは入れませんでした。もともと知り合いだった年上の知り合いが東京女子大に通っていて、その方の入っていたサークルには入れていただきましたが、他には何をしたらいいのかわからない。

 

周囲の友達は他大学と合同のテニスサークルなどに入って楽しそうにしてるのに、そういうところに飛び込めない自分がいました。テニスをしたいのかというとそうじゃないのだけど、じゃあ何をしたいのかというとなにもない。

 

かといってやりたいことが特にない自分を肯定することもできない・・・。

 

2年生になってからやっとジャズダンスと華道のサークルに入り、それは楽しい思い出ですが、この「やりたいことがない=自分がない」ことに気づき、苦しんだ最初の経験がこの大学1年の時だったと今思います。 

 

やりたいことがない。やりたいことがわからない。

 

それが如実に現れ自分を苦しめたのが就職活動のときでした。

 

 

 

プロフィール2~アダルト・チルドレンの自覚を持つまで

 へ続く

 

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タケノコのアク抜き、失敗しない簡単な方法!皮はむいてしまっていいんです

 

 

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ナイフとフォークハッピー自炊トレーナーナイフとフォークの木村綾子です

 

 

 

 

タケノコは食べたいけれど


タケノコどっさりいただきました!


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たけのこをアク抜きしながらゆでる方法として、皮に切れ目を入れてまるごと、米ぬかや唐辛子を入れて茹でるという方法が一般的に知られていると思います。


ところがこれってまったくの迷信なのだととある料理のプロの方からお聞きしました。確かにそのようにゆでてもなんとなくエグミが残ってることがあります・・・唐辛子の辛さがたけのこに移っちゃったという失敗例も聞いたことあります。

あと、かなり大きな鍋が必要だということも、敬遠したくなっちゃう理由。

 

すでに水煮状態になったタケノコは一年中手に入るけど、旬のこの時期に新鮮なたけのこを味わいたい。でも面倒な上に失敗の可能性があるのでは、やる気はなくなりますね><

 

失敗しないタケノコの茹で方

でも、失敗なく、それほど大きなお鍋でなくても茹でられる方法があるんです。

 
それは重曹を使う方法です。

皮を剥いた状態でゆでていいのです。プロはみんなこのやり方でやってるとか・・・。

 やってみるとたしかに楽!

 

穂先を落として


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縦に切れ目を入れて開く



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剥き終わり。

 


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800グラムのたけのこの茹で上がりは約500グラム。なんと300グラムは皮なんですね~

 

そして水の量を測りながらかぶるくらい入れて、重曹を入れる。

水2リットルにつき重曹は小さじ1です。


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沸騰したら弱火にして、竹串がすっとささるまで茹でるだけ。


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吹きこぼれが心配なら、保温の効くお鍋を使うと安心です。沸騰させてから火を止めてしばらく置く、少し経ったらまた火をつける・・・を繰り返せばよい。

 

ちゃんと測ってないのでわかりませんが、米ぬか利用より早く茹で上がる気がします。もちろんエグミは残りません。


ゆで終わった後、鍋を洗うときなかなかとれなかった汚れが、軽くこすったら落ちたというおまけもついてきました(重曹水ですからね)


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やってみると、このほうが圧倒的に楽。皮を剥いてしまっていいので、それほど大きなお鍋を用意する必要がありません。(この方法知るまでは毎年わざわざこのために普段ほとんど使わないお鍋を引っ張り出さなくてはいけなかった><)

 

 

他にも「大根おろしの汁を倍量に薄め、1%の塩を加えたものに1時間程度浸してから茹でる」という方法もあります。大根をすりおろすのが結構たいへんですが・・・1本くらいならいいかもですね。

 

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大根おろしに漬けたタケノコ

 

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左が重曹で茹でたタケノコ。右が大根おろしの汁に浸してからゆでたタケノコ。



重曹を使って茹でる方法はちょっと黄ばんだ仕上がりになるようですね。それがちょっと残念ではありますが、お醤油味で煮込んだりする場合はほとんど問題ありません。タケノコをお刺身のように食べたいときは白いほうがきれいだと思いますが。

 

 やってみると、このほうが圧倒的に楽。皮を剥いてしまっていいので、それほど大きなお鍋を用意する必要がありません。(この方法知るまでは毎年わざわざこのために普段ほとんど使わないお鍋を引っ張り出さなくてはいけなかった><)

 

昨夜は早速茹で上がったタケノコを使って若竹煮を作りました。

多めに作ったので、残ったタケノコは近日中に天ぷらにしようかと思います。こういう料理のリメークが好き^^

 

タケノコがいっぱいあって嬉しいな♪

トマトソース煮も近々作ろう。春巻きにもしたいし、チンジャオロースも・・・

 

たけのこやせりのような野草は体の毒素を排出してくれる食材とされています。中医学的には春は体内の排毒が進みやすい季節ですから、しっかり食べておきたい食材ですね。


同じ食べ物ばかりを食べるのは栄養が偏らないか?

確かにそういう部分はあります。でも季節にあったものであれば、多少偏ってもいいのです。その時期必要なものですからね。

ということで、しばらくはタケノコメニューが続きます。

 

レシピは以下をご覧ください!(簡単な記述しかしてないものもあります)

たけのこのはさみあげ

たけのこの味噌ペペロンチーノ

たけのことセロリのパスタ / 生落花生とひじき、豆のマリネ

たけのこレタスのクリーム煮

トマト風味若竹煮たけのことふきの味噌

ペペロンチーノテンペとたけのこの照り焼き丼

 

レシピは出てないけど・・・メニューの参考にどうぞ。

たけのこのお刺身

アクにもいろいろある

調理に関する言葉に「一物全体」という考え方があります。
「命あるものはまるごと食べる」ことでその食材の栄養をバランスよく取り込めるというもの。食材は皮もむかないしアクもとらないことを基本とする考え方です。

 

アク、とひとくくりにしていますが、実は正体はいろいろなのです。

例えばごぼうやれんこんに含まれているアクはポリフェノールです。抗酸化物質、体にいいものですよね。

確かにアクが残ったままだと見た目が黒っぽく美しくないかもしれませんが、家庭料理なら見た目より栄養素をとることの方を重要視してもいい。

 

もちろん体に害のあるあくもあります。

たとえば野草は注意が必要ですね。本来食用に作られているものではないものですから、自然界を生き延びるために強力なあくを持っていることがほとんどです。こういうものは食べる前にしっかりアク抜きをしなくてはいけません。

 タケノコのアクはシュウ酸。胆石、尿道結石など体に石を作る悪さをする物質です。だからきちんと取り除かなければいけない。味もちゃんとアク抜きする方法で茹でないと、とエグみがあって美味しくないです。

ほうれんそうのアクもシュウ酸です。

 

きちんと知識を持って、でもできるだけ手をかけずに、旬の食材を美味しくいただけるのが最高ですね♪

そろそろ終わりのタケノコ・・・簡単なゆで方を知ったことで多くの人に味わってもらえたらうれしいです。

 

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自炊は自分を幸せにする最強の手段です。

自分のために料理を作り、それをいただく。それは自分を大事にいたわり、愛する作業だから。

 

自分を大事にする食事が作れたら、他の誰かに喜んでもらえる食事も必ず作れるようになます。

自分を幸せにできたら、他の誰かも幸せにできます。

その結果、自分を大事にしてくれる誰かもみつかるのでは・・・♪

 

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自分を好きになりたかったら、土鍋でご飯を炊きましょう

 

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ハッピー自炊トレーナーの木村綾子です

 

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桜の塩漬けを混ぜた桜ご飯で作ったおむすび

 

 

失敗するとやる気が失せる

料理をする気にならない理由はいろいろあると思います。

中でも失敗した時のダメージが大きくてする気にならなくなったという話はよく聞きます。

でも料理の成功、失敗ってなんだろうと思います。もちろん、材料や調味料の量を間違えるという致命的なミスはあるでしょうが、それ以外はそれほどの問題にならない気がするのです。
逆に言うと、成功した料理ってどんなものなんだろうとも考えます。

 

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焼きおむすびプラスおむすびふたつ、が私の定番のお弁当スタイルです。中身は梅干し、昆布佃煮が多いかな

 

 

 

成功した料理って?


味がおいしくて量もちょうどよく、盛り付けも素晴らしく作れれば、もちろんそれは成功した料理といえるでしょう。でもそれが「人をケアする」という観点で見た場合、優れている料理なのか?

食事による心のケアというのは思いによってなされると私は考えています。であるなら「食べる人のことを思って作った料理」が最強でしょう。もちろんレストランのシェフも食べる人のことを考えていると思います。が、食べる人を個人的に知っている人がその人を思いながら作る料理とは思いのこもり方のレベルが違います。

 

食べる人を考えて作った料理がなぜ人を元気づけるのか・・・は↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

に書きました♪

イチローが食べていたおにぎりは、コンビニおにぎりと何が違うか? 

 

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パートナーのために作ったおむすびです

気持ちを込めて作れば


そうやって考えてくると、失敗した料理についての定義も変わってきます。気持ちを込めて作った料理に(技術的な面以外で)失敗はない、といえるのではないでしょうか。事実、お店で出てくる料理に一定レベルのおいしさがなかったら許せませんが(笑)、自分で作ったものであれば多少見た目が悪くても味が薄くてもそれなりに食べられる(笑)なぜそうできるか?我慢している、という理由ばかりではないと思います。そこにかけた時間、手間、気持ち・・・を思うと簡単には捨てられない、そういうことではないでしょうか。

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たまには変わり種でオニギラズ

 

人を思って作った料理がその相手を元気づけるのと同じように、自分のために作った料理は自分の力になる。
自分で自分をケアできる、最強ですよね。何から始めたらいいか?

私はまずはご飯を炊くことをしてほしいと思います。自分で自分のために炊いたご飯、それが買ってきたものと本当に同じかどうか、考えてみませんか。
炊飯器でもいい、でも料理は意外と簡単、なんです!

中でも火を使ってご飯を炊くことは調理に必要な技術が詰まっているので、マスターすると他のメニューを作る自信もつきます。

 

玄米の炊き方、教えます!

近々玄米の炊き比べ、食べ比べの会を行います。

土鍋で玄米を炊くというとすごいことみたいだけど、土鍋炊飯は案外簡単だし、手間をかけた分だけ間違いなくおいしいことを知ってほしいから。といっても忙しくてなかなか・・・という方のために炊飯器で美味しく玄米を炊くコツもお伝えしますよ。時短が大事な人のために、圧力鍋を使った炊飯(20分で炊きあがります!)も教えます。浸水時間ゼロでも美味しく炊ける方法もご紹介します。

安全で美味しくお値段的にも安心なお米の購入先や、買いやすく使いやすい土鍋もご案内したいです☺️

 

玄米の炊き方を見て実際に食べてみれば「意外と簡単」「やってみようかな」と思ってもらえるはず。

イベントの日がが多くの人にとって「自分を大事にする方法がわかった」と思ってもらえる会になりますように。

自分のためにご飯を炊くことが自分を大事にする手段と実感でき、自炊を始めるきっかけになる人が一人でも増えますように。

 

 

玄米の炊き比べ、食べ比べの会」詳細は後日アップします!

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虫歯、歯周病の予防のために、歯磨きと同じくらい大事なこと

歯のために一番大事なことは虫歯予防

先日歯医者さんに行きました。私は特にどこかが痛いなどなくても、三か月に一回は歯科で定期検診を受けてます。一通り見終わって先生が

「木村さん、最近砂糖の多い食生活してませんか」と。

ぎく!
このひと月ほど、時間があるとキャンディを口に含む癖がついていたのです。

正直に言うと

「ですよね。木村さんの口の中がこの状態なのは初めてなので」とおっしゃいました。

「以前と違いますか?」と聞くと

「全然違いますね。砂糖の多い食生活してると汚れ方が変わるんです。簡単にとれない汚れになる。このままそれを続けていると半年後1年後に虫歯ができます」

「歯を健康に保つためには予防が一番大事なんです」と先生がおっしゃいました。


歯磨きにはふたつの習慣が大事。まずは悪い習慣をやめること

先生曰く「砂糖の摂取が一番の虫歯の原因です。動物は虫歯にならないでしょう?砂糖をとらないからです。砂糖の多い食生活を改めることが虫歯予防にはなにより大事なんです」
甘いものが怖いのは依存性があることです。
スーダラ節の「わかっちゃいるけど止められない」・・・これが依存症です。
依存症は怖い。百害あって一利なしだとわかっていても止められない。
合法ドラッグという言葉を聞いたことがあるでしょうか。「アルコール」「ニコチン」「カフェイン」そして「砂糖」を称して4大合法ドラッグとしている説があります。糖尿病始め糖分摂取が害になる病気になっていても止められないということも出てくるわけです。砂糖の摂りすぎは免疫細胞が減り病気にかかりやすくなる。歯科との関連で言うと歯周病が進行しやすくなるそうです。
体への害はもちろんですが、メンタルへの害も本当に大きいのです。


もうひとつは歯磨きという良い習慣を身につけること

予防のためにもう一つ大事なことは歯磨き。私も結構熱心に行ってます。
といってもしっかり念入りに磨くのは一日一回でもいいみたいです。
なので湯船につかりながら4つの道具を使いながら(歯ブラシ2種と糸ようじ2種、まあまあマニア?(笑))10分くらいはかけて磨いてますね。
朝は時短のためにも気軽に電動歯ブラシ使ってます。
歯磨き剤は使いません。よくわからない成分がたくさん書いてあるし、歯をきれいにするためには特に必要ないと歯科のドクターに聞いています。
磨き方は一度しっかり歯科検診の際、歯科助手さんに教えてもらいました。
定期健診を重視する、予防歯科に力を入れている歯医者さんにかかることも大事。検診も長いスパンで見ると「習慣」ですね。

甘いものを食べるなら質を選ぼう

さて「甘いものはどの程度なら食べてもいいの?」とよく聞かれます。結論から言うと「食べないに越したことはない」なのです、残念ながら。私の手元にある「調理のためのベーシックデータ」(女子栄養大学出版部)によると、一日に必要な砂糖の重量は10グラム。10グラムの砂糖の量というと、オレンジジュース100CC!思っていたよりずっと少なくないですか?

砂糖の害は虫歯以外にもたくさんあります。

それでも食べたい!ですよね。甘い物。
であれば、少しでも質の良いものを選びませんか。質の良さのひとつはGI値で測れます。
GI値が少しでも低いものを選びましょう。(といっても合成甘味料は別の観点からNGです)
具体的には砂糖類より甘酒や米飴などです。

甘いものと健康的につきあっていきたいですね。


★「甘酒」「手作りするレッスンも行っていますのでフォーマットよりお気軽にお問い合わせくださいね。
(ウェイティングリストに入れておきご要望の方がある程度揃った時点で日程調整をします)




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