プロフィール3~自分で自分を回復させる

自分を大事にする習慣作りの専門家・

セルフケアクッキングトレーナーの木村綾子です

「週一回自分のために料理をすればなりたい自分になれる」

「自分を好きになる習慣としての自炊サポート」

をテーマに、

発酵食品教室、食事カウンセリング、パーソナル料理レッスン(準備中)などを行っています。

 

プロフィール・木村綾子について~就職まで

プロフィール2~アダルト・チルドレンの自覚を持つまで

 の続きです。

 

 

 

 

回復途上でのリストラ

 

 『アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す』に出会った私は、関連する本を読み漁ります。理由がわかった後は傷ついたアダルトチルドレンを癒やすための方法をたくさん試みました。 
いろんなワークブックをやってみたり、ピアミーティングに参加したり。
 仕事を休んで『アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す』の著者斎藤学先生の講演を聞きに行ったりもしました。
プロフィール2~アダルト・チルドレンの自覚を持つまでで記載した友達とのトラブルの後、とにかくどんな手段を使ってでも現状の自分を脱したいと思っていたので、許す限りのお金も時間もかけました。とにかく必死でした。
 
毎晩泣きながらもやめずに続けていた会社を辞めたのもこの頃でした。先々に何の展望もなかったのですが、人事異動がきっかけで自己嫌悪感がピークになり、自死するか退職するかのどちらかしかないとまで思いつめた結果でした。9年近く働き、少しは貯金もあったし失業保険ももらえたので当面はそれで暮らしていくことも可能だろうという見込みもありました。
退職してしばらくは、とにかくゆっくり眠ってきちんと食事を食べる、のんびりして身体を休めることだけに時間を費やしました。精神的疲労ももちろんありましたが、肉体労働の職場で身体もかなり疲れていた。今私は同世代の中では体力あるほうだと自信あ
りますが、当時はまったくへなちょこでしたから。
 
そして貯金を取り崩しながら、とにかく自分のやりたいことをする、正直になる、つまり「自分を大事にする」ことを心がけて過ごしました。
「自分がやりたいことか」「好きか」「ほしいか」などの基準で自分の行動を決めるということが、最初はものすごく難しかったです。それまでは「有利か」「親が喜ぶか」「得か」という、自分以外の基準で決めていたから、自分の気持を基準に選択することが本当に大変でした。
でも次第にこの方が楽だとわかってきました。そりゃそうです、気が向かないことをするよりやりたいと思えることをするほうが楽しいに決まってます(笑)
すると少しずつ、日常生活を楽しく感じるようになってきました。
 
(回復のために私がしたことなどは

生きるのが辛いーアダルトチルドレンであることの気づきと回復のためにしたこと

の記事に書きました)
 

に書いたように、ご機嫌を伺わなくても自分を愛してくれる人がいるという実感を持てる人間関係の中で私は徐々に回復しました。

(両親とは結局30代の初めに絶縁しました。毒親との決別も自分の中では大きな一歩でした)

 (↑さらっと書いてしまいましたが、「親との絶縁」はもちろん自分にとって人生の修羅場?名場面?といえる大きなことでした。その他離婚もしていますし、意外と波乱万丈な人生だったりします(笑)機会あればまた語りたいと思います。)

 
それでもなかなか「自分はこれでいい」と思えるようにはなりませんでした。原因はわかって修復を試みてもなお「自分は人に迷惑をかけるだけの存在ではないか」という自己否定感は続きました。
 

そんな中、上記記事にも出てくる私の回復にとても役立ってくれた前職の会社と、リストラという形でさよならすることになってしまいました。2009年、リーマンショックの翌年です。当時すでに40歳を過ぎていました。会社では管理職待遇にしてくれていたけど、これといった専門能力もない女性に再就職の壁は厚く厳しいものでした。長引きそうな就職活動の中でスキルアップとして資格取得を考えた時「産業カウンセラー」という文字が目に留まりました。残りの人生の中で自分は誰に対して貢献していきたいのか、どんな人の役に立ちたいのか・・・そう思った時、メンタルヘルスというジャンルが自然と浮かび上がってきたのです。

それは私の祖父と叔父が自死していることと関係があります。

祖父と叔父の死

私には自死した身内がふたりいます。一人は祖父、一人は叔父。どちらも母方の親族です。
祖父は私と同じ丙午生まれだったので、60才違いの人でした。が、私が生まれる前に亡くなっており、私は会ったことはありません。死因についてはずっと老衰と聞かされていました。

自分がある程度の年齢になって「50代で老衰は変?」と思うようになりましたが、母はいつもそう言うのでそれを信じていました。しかし親戚などから漏れ聞こえてくるいろいろな情報で「やっぱり違うのではないか?」と疑いは増すばかりでした。

最終的に「うつ病の果ての自死だった」と知ったのは25,6才の頃だったでしょうか。母には5人の弟がいるのですが、私と一番年の近い、母の一番下の弟の叔父から聞かされました。叔父はとっくに知っているものだと思っていたようで、知ってびっくりする私に叔父の方が驚いていました。

 

 祖父はとある企業の雇われ社長だったのですが、経営がうまくいかなくなったことが原因で心の病になったということでした。自らは大学の教員をやることで給料をもらわないことを考えたりいろいろな金策にも走ったようでしたが、結果的にはそれはうまくいかず、うつ病に。そして自死という形で生涯を終えたそうです。

雇われとはいえ地元企業の社長の身であり、まして自死という死に方は1960年台中盤にはセンセーショナルな出来事だったのでしょう。新聞にも出て取り沙汰されたらしい。母は私が事実を知ったと告げると「私は一生隠し通すつもりだった」と言いました。母が私にずっと死の真実を隠していたのは、母自身がそのことで傷ついていた証拠なのでしょう。

 

私にそのことを教えてくれた叔父は当時まだ中学生、その上の叔父も高校生。未成年の子をふたりを就業経験のない祖母のもとに残しての自死というのは無責任と思います。母も祖母も辛さと同時に責めたい気持ちだってあったことでしょう。もし祖父が誰かに殺されたのなら、その犯人を恨むことも出来ますが、それもできない。

祖父からしたら無責任とのそしりを受けることはわかっていても死なずにいられないほど苦しかったのだとも思います。

自死という死は遺族を本当に複雑に苦しめると感じます。

 

 母のすぐ下の弟の叔父が亡くなったのは、祖父の死因を知った数年後だったでしょうか。多分2000年前後だったと思います。もう長いこと会っていなかった叔父でしたが、メールを始めたと年賀状で知ったのだったか、やりとりするようになりました。定年退職した叔父は海外旅行や飼っていた犬の写真を送ってきたり、それほどひんぱんではなかったけど楽しくメール交換していました。

しばらくメールが来ないなと思っていたある時、母から叔父がうつ病になったことを知りました。祖父のことがすぐに思い浮かびなんともいえない不安な気持ちになったのを覚えています。母は「今はいい薬があるみたいだしね」などと言っていましたが、私よりももっと心配だったでしょう。私は叔父への心配と同時に、叔父と一緒に暮らす祖母のことも心配になりました。

 

その1,2ヶ月後に叔父は逝ってしまいました。自宅ガレージでの首吊りでした。叔父は自分の父親が自死しているわけで、自死遺族の気持ちがわかったはずなのです。それでも逝かずにはいられなかったことに、精神の病の苦しさ辛さを思わずにいられません。  

 未成年の子を残して逝った祖父も苦しかったと思いますが、80代になっていた祖母を残して逝った叔父も辛かったと思います。

でもそれより、祖母や母が私には気の毒に思えてならなかった。祖母は夫と息子を、母は父親と弟を自死で亡くしたのです。そのショックたるや、想像に耐えません。事故で死んでも病気で死んでも悲しさは変わらないと思いますが、急死であることと何かできたのではないかと思わずにいられないことが、残された人の悲しみを深めることは間違いないと感じます。 

 

自死する人を一人でも少なくしたい。

大事な人を自死で亡くして悲しむ人がいなくなってほしい。

この悲願が、私のメンタルヘルスのジャンルで人の役に立ちたいという、大きな動機になっています。 

「食を通じてメンタルヘルスに貢献する」という私の生涯のテーマは、その後出会ったマクロビオティックという食事法の知識とメンタルヘルスの知識が自分の中で起こした化学反応です。

食事を変えれば自分が変わる

話をACに戻します。

自分を生きづらくさせている自己嫌悪感、自己否定感の原因がわかり回復に役立ちそうなことをいろいろ試みても、それは自分の中でなかなか小さくはなりませんでした。

 

そんな中、私はマクロビオティックという玄米菜食を中心とした食事法の料理教室に通い始めました。動機は食べることが好きだったので料理を一度習ってみたいなと思っていたこと、講師の先生と前職時代に知り合いだったという程度の軽いものでした。

が、行ってみてびっくり!「親ががんで」「夫が糖尿病で」「重症のアトピーを治したくて」など、自分や周囲の人の健康を改善するために来ている人が大半だったのです。そもそもマクロビオティックは『医食同源」とされる東洋医学をベースになっています。だからそういう興味で来る人が多いのは当然なのです。

 

周囲との違いにビビりながら、2週に一回就業後にクラスへ通う日々が始まりました。クラスメートのの中で私はまったく優等生ではありませんでした。初回か二回目のレッスンで玄米を圧力鍋や土鍋で炊くことを勧められるのですが、私が圧力鍋を入手したのは入稿して半年以上経ってから(爆)圧力鍋でご飯を炊くなんて無理!炊飯器が精一杯!と思っていましたから。たまたま安めの圧力鍋が見つかったので始めただけ・・・そして「いつでも炊飯器に戻れるし」という気持ちでした。

当時は会社員をしながらだったので、昼食は同僚と普通にランチを食べていたし自炊の頻度も週末のみ。当時の自分の目標「週に一回お弁当を作っていく」だったことからも不熱心さがうかがわれます(笑)。

 そんな劣等生な自分でしたが、食事に対する意識は変わっていきました。外食であっても「何をどんなふうに食べるか」に気を使うようになったし、コンビニやスーパーで食べ物を買うときは食品表示のラベルをチェック。食品添加物が使われていないものを選ぶようになりました(次第にコンビニからは足が遠のきました・・・)

続きっこないと思った圧力鍋での玄米炊飯でしたが、結局その後一度も炊飯器で玄米を炊くことはなく続きました。

 

食事が変わると同時に、自分の心身が少しずつ変わっていくのを感じました。

いつの間にか自分の中から少しずつ「自分を嫌う気持ち」が減り、「こんな自分でも生きていていい」と思えるようになってきたのです。

医食同源を基礎にした食事法だったから身体が元気に健康になり同時に精神的にもアップした、ということも大きいでしょう。また脳も身体を構成する臓器の一つであり、脳を作っている細胞も循環している血液も元を正せば食べ物由来です。だから食べ物を変えることで脳の状態が変わっていくのは当然です。

 

でもでもそれ以上に役立ったのは「自分が食べるものについて自分で考える」ということ自体と思います。何を食べたって同じ・・・では決してない。季節、体調、誰と食べるか?できれば時間をかけて、できれば楽しい気持ちで・・・

そうやって自分の食事についてきちんと考えること自体が、自分の回復に役立ったという実感があります。

 

自分の食事について大事に考えることは、自分で自分をケアすることなのです。つまり「食事に気を使う」ことは自分を大事にすることそのものです。

 

そしてさらに「自分のために自分で食事を作る」ことは、自分のために手間も時間もかけることです。それは自分を大切にすることに本当に役立つ手段です。

 

 話を少し戻します。人間関係の中で、どんな自分であってもよい、どんな自分であっても許され愛される、と思える体験が「ありのままの自分でいい」という肯定感を生むとお話しました。

でもそういう人にほとんど出会えない人もいるかもしれません。

そういう人は一生自分を嫌いで居続けるしかないのか?

そんなことはないと思います。

そういう人に出会えず育った人は、自分で自分を無条件に受け入れ、愛し、大事にすればいいということです。

 

『ほんとうの自分を求めて』の中にもある言葉「当時、このような人が誰もいなかったとしても、いま、私たち自身がその『ひとり』になることは可能なのだ」の通りです。
 

自分で自分を大事にする手段はいろいろあります。

気持ちいいと思うことをとにかくやってみる。伸びをしてみる、歌ってみる、日向で大きく息を吸う、犬や猫と遊ぶ、いい香りの花に触る・・・

どれも素敵ですね。

 

自分の経験上、私のおすすめは自分で自分の食事を作ることです。

 

誰かに食事を作ることはその人をもてなすためですよね。もてなしたいのは相手を愛している、大事にしたいからですよね。

また、人から食事を作ってもてなされたら嬉しいですよね。愛されてる、大事にされてると感じますよね。

 

自分で自分に食事を作ることは自分をもてなすことです。自分で自分に愛しているとメッセージを送ることです。そして大事にされてると感じる経験にもなる・・・

自分で自分のために食事を作ることは、自分で自分を愛する作業、自分を大事にするそのものです。

自分の食べる料理を自分で作る。それを続けるうちに自分を大事に思う気持ちが自分の中に育っていく。自分の経験上の実感です。

 

難しいことをしなくても、ご飯を炊くだけでもいい。

一日一食でもいい、週に一日でもいい。三食のうち一食でも自分で食事を作れば、人生の1/3の習慣が変わったことになります。週に一日だけでも、1/7の人生が変わることになります。

長い目で見れば大きな変化だと思いませんか。

 

「食を通じて心の健康に貢献する」という私のミッション。

それは祖父と叔父という身内の自死という辛い経験と、食事で人は変わるという知識が自分の中で起こした化学反応です。

そしてそれは「自分を好きになる習慣としての自炊サポート」という、現在の自分の仕事として具体化しました。

 

自分のために自分で料理を作れば作るほど自分を大事に思えるようになります。

自分の食事作りを通じてそういう人が増えていくことを切に願っています。

 


 
 

 

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自炊は自分を幸せにする最強の手段です。

自分のために料理を作り、それをいただく。それは自分を大事にいたわり、愛する作業だから。

 

自分を大事にする食事が作れたら、他の誰かに喜んでもらえる食事も必ず作れるようになます。

自分を幸せにできたら、他の誰かも幸せにできます。

その結果、自分を大事にしてくれる誰かもみつかるのでは・・・♪

 

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